ケツの手術に戻るが
という
出だしだと 前の記事を読んでいないと
話にならないので
また蒸し返すと
アメリカの人の話によると
(日本では豊胸が有名だが)
アメリカでは 豊尻 とでも言うのだろうか
とにかくボリュームがある尻が 女性のモテポイントなのだという。
尻がでかいと とにかく男性が振り返るのだという。
その男性からの評価が欲しくて
尻を豊かにしたい女性たちは
手術費用を浮かせるために 手術が安い島へ
ツアーで行くという
帰りの飛行機では 尻が痛くないように 後ろ向きに座る座席が
用意されているという。
この話を聞いた時
なんというか
アメリカの人たちも
けっこう人目を気にしているというか
人の評価を気にしているというか
普段 自信満々な感じがする人たちなんだけど
実際は 自信があんまり無いんじゃね?と
思ってしまった。
だって尻ですよ。
座ったり立ったりするたびに痛いような手術
したくないと 私なら思う
モテたいという気持ちはわかるけど
そんな尻の大きさで判断するような
いわゆるモノ扱い(品評会ではないのだし)
相手から選ばれても
と思うのだが
どうだろうか
こいつ 可愛い 俺のために
尻をデカくする手術をしやがった
痛いのにけなげ
とか
おもうのかな男性は。
いやいやいや。
関係ないけど
先日トランプ大統領が
タイレノール(日本ではカロナールなど アセトアミノフェンが含まれた薬剤)
が
自閉症に関係があるといって
特に妊婦への使用を忌避する方が良いというような声明を出した
ところが
熱烈なトランプ非支持者(というよりアンチトランプ)の
人々が それを聞いて
妊婦の人々がわざとタイレノールを大量飲みする
という動画アピールがあとをたたず
なかには 母体胎児ともに危険な状態に陥ってしまった(おそらく死ぬだろうと言っていた)人もいると言う(ほんとかいな)Xでの書き込みをみてびっくりした
一方、今まで民主党支持者(「民主党」という字面からは中道左派的なイメージだったけど 実際は そうではなく かなり左傾向が強い人たちのようです)
だったけど、チャーリー・カーク氏の暗殺事件から考えを変えた人たちが
自分はもう民主党支持者ではないという宣言をする動画もいくつかみた
私はそれを見て まあ、そうだよねとおもうことが多かったんだけど
(差別 差別という人間ほど逆に差別意識が強い とか 被害者意識を植え付けるやり方にうんざりしたとか 彼らは言っていた。)
とにかく ある一方の考え方のグループに入ってしまうと 抜けるのは大変だろうということ。 ことあるごとに 差別主義者だの なんだのと言われて 仲間はずれにされたり とたんに差別されてしまうのだから。
結局 あの自信たっぷりに見えるアメリカ人(英語も話せるし・当たり前だけど)
が
実はけっこう人目とか 人からの迫害を恐れて 自分の意見を言えないまたは持たない人たちなんだなあというのが
意外な気がした。
日本に来ている アメリカ人がいろいろ述べている(日本に来て気づいたことなど)動画などを見て さらにそういう認識が強くなった
彼らにはなんらかの裏付けとなる芯になるようなものが欠けているようにみえた
宗教だったり 家系だったり なんらかの心を強くするものが
足りないのだ
だから 人の意見に振り回されてしまう
アメリカ人のそのユーチューバーが言っていたのは
いつ頃からか 価値観が外れてしまい お金が一番になってしまったのだと。
お金という宗教に支配されて なにをやってもいいみたいに
なってしまったのだろうと いうふうに受け取った
日本に住んでいると
宗教がなくても
なんとなく別に生きていられる
なにが
どうというわけでは無いけれど
あと
アメリカ人だかどこかの国の人が
店の前を掃除している日本人を見て
「お金がないのだろうか」と
思ったのだと言う動画もみた
なんでもあっちでは
掃除は掃除をする人に任せるというのが通例で
その人は何十ドルも払って店の前を掃除してもらっていた
という話
私は 今 なにも使える資格がない(資格はあっても使うつもりがない)
し 誰からも褒められるようなスキルはないが
なんとなく 自信がないわけではない
それは自分の体を使って物事をやってきたという
どれもとりあえず乗り越えてきたという経験からくる自信である
脳みその大部分は体と繋がっていて
それは体の筋肉とか皮膚とか 関節からの信号を受け取っている
私はそれを制御して生きることに使ってきて
いろんな作業ができ ある程度は 大変さに耐える
ことを 経験の中で身につけてきた
こういう脳と体(外胚葉?)を使うことによる
自信は、誰からも奪われないし
時間と実践しか育てられない自信だとおもう
そういう自信が 金 とか パソコンだけ とか 勉強だけ
とかいう中で
だれからの「イイネ」がないと
となると
そだたたないんではなかろうか
という
ことを思った。(というのがケツロン)