大事なことが終わってから、
なんとか前向きに 一つ一つやりこなそうと思っても
体が言うことを聞かない
仕方ないのでネットサーフィンをしていたら
なるほど そうか
と思う情報がいくつも
終わりのはじまりというのはこういうことかなあ。
だれもが認識するようになれば おかしいということが認識されるように
なるんだろう。
そういえば、今日来た人は おかしいと言うことを認識していた
だれもが とは言わないが、嘘がつきにくい
嘘で隠せない時代
なぜ、そう言えるのかというと
なにも頼れるところがなくなってきているからですよ。
嘘をついても うまみがなくなってきているんです。
だれかに従うことで 嘘で 報酬を得られるのは
だれか に 確実な 権威だとか 地位がある時は
効果的だったかもしれませんが
その権威が盤石であるかどうかは
今年の前半に 社会天体と言われる惑星が 星座間移動をして
この数十年、または百何十年続いてきたテーマが代わり
世の中の いくつかの 基盤が ひっくりかえってみないとわからないだろう。
昨日、
寝ていても本やタブレットが読める道具をつかって
読書が進んで ずいぶんと 自分の中の世界観が変わった
今朝読んでいた ユダヤの本は
エプスタイン文書の公開で
けっこう(多くの人の間で)認識が進んだ「出来事」と
重なる事象だった
どうしてこれだけ人間が残酷になれるのか
よくわからないが
そういう 社会の側面を知ることになるということは
自分にとってどんな意味があるんだろう
そういうことをまったく知らないまま 人生が終わる人もあるんだろうになあ。